槐安上の可視海


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孤立無援の先導者

Posted at 2021-06-19 随筆 

 学力では測れない、例えばリテラシー(論理的思考能力)やコンピテンシー(高い業績・成果につながる行動特性、とのこと)を測量できるテストが無料で受けられる、とのことで興味本位で受けてみた。
 リテラシーのテスト内容は、文章から尤もな回答を選ぶ4択問題であった。こちらの成績は7点中6点と、評価基準もしっかりとしている(と思う)ので文句はない。問題はコンピテンシーのテストだ。

 コンピテンシーのテストは普段の行動を振り返った自己診断のようなもので、この結果は7点中3点であった。この中で特に低かったのは親和力と共働力のようである。ここに私は違和感を覚えた。なぜなら、これらの項目についてはアドラー心理学を基にして回答したからである。
 テストには、他人を褒めることを肯定する問があったが、アドラー心理学はこれを否定する。他人を評価するそれ自体が、その相手を舐める行為であり、横の関係の構築を目的とするアドラーの理念に反する。これは一般常識とは異なる考え方だろう。
 そんなわけで、このコンピテンシーなるものを何を根拠に評価しているのか気になったわけである。どうやら、若手リーダーとやらの回答と比較対象して評価しているらしい。違和感は積もる。

 第一に、これはあくまでも自己評価であるためいくらでも嘘をつける。自己評価で嘘をつかないなら、この世に心理療法士は必要ない。もちろん、基準も例外ではない。
 第二に、このテストは暗に「リーダー指数」なるものを量っていることとなる。高得点目指して社会の成功者=リーダーになろうと刷り込ませる意図を感じる。リーダーはそれを支えてくれる周りの者がいるから成り立つのであって、その存在を見下していないだろうか。ここにも、私が否定する実力主義を感じる。自己評価が曖昧なら尚更である。

 さて、この試験の数日後にセミナーがあったようである。もちろん、上述のような違和感を覚えていた私はバックレたが。的外れなレッテルを貼られることは目に見えていた。こんなものに国の金を使うのか、と狂気を感じながら孤立無援の先導者にごきげんようと会釈。

 

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