音楽評価や嗜好は、音楽そのものではなく、音楽背景の操作である。人に自身の音楽好きを伝えるとき、第一に何を語るだろうか。アーティストや所属レーベル、ジャンルが一般的だろうか。「Warp Recordsが好きだ」とか「Ninja Tuneが好き」と。ここに挙げた音楽レーベルは、テクノに詳しい者なら硬派と思うだろう。この、どのレーベルやどのアーティストを挙げれば、自分の音楽趣味はどういうものかを表せるのは、音楽界の俯瞰地図を他者と共有しているからである。音楽のダサい/ダサくないは、音楽的特徴そのものよりも、こういった共有される音楽界の位置付けによる評価である。UKベースミュージック好きにとって、アイドルソングはギルティプレジャー的位置付けになるだろう。
各ストリーミングサービスはリコメンド機能があるが、これらは協調フィルタリングアルゴリズムに基づいている。聴く音楽が似ている他者の履歴を参考に、その他者が聴いた音楽を推薦するものだ。さて、音楽趣味は前述の音楽界の俯瞰地図を基に決定されている。つまり、ユーザーの視聴履歴を参考に推薦するということは、音楽界の俯瞰地図を参考にしていることと同義である。UKベースミュージックに音楽的に似ているアイドルソングがあったとしても、アイドルソングという属性を持っている限り、UKベースミュージック好きには推薦されない。
適当なプレイリストをシャッフルで聴き流していると、良い音楽に出会うことがある。こうした、アーティスト名も不明な音楽界の俯瞰地図を無視した直観こそ、純粋な音楽の評価と言えるだろう。